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福岡造園緑化の歴史

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福岡造園緑化の歴史

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四代目は、幼少期から家業を継ぐ道を自覚し、祖父や父親、母親の働く姿をみて
育つ。仕事で日々忙しくする親の姿に、中学生、高校生のときから休みの日には
手伝いをしてきた。
 剪定の掃除、芝生張り、客土入れ、植栽工事、庭園工事 など 
また、夕方時に職人さんたちが帰社したら、その日の使った道具を毎日
片づけするなどして親の手助けをしていた。
親もあてにするほど頼もしい助けっとの存在だった。

 大阪の専門学校に進学し、造園の勉強を学んだ。
 その後、宝塚の造園・設計事務所に就職し住込みで修業に励む。
 宝塚の大親方のもと職人として腕を磨き、又社長の助手として設計の図面を
手伝うこともあった。多くの知識を習得し自分のモノにしたかった。

平成7年 阪神・淡路大震災が起こった影響もあり、翌年に家業の造園業を
継ぐために淡路島に帰る。

  親(三代目)と一緒に現場に行くものの、宝塚で学んだ事と地元での仕事の仕方や
環境のちがいにとまどうばかりの日々。
親子ゆえに衝突は日常茶飯事。
一から十まで口で言って覚えられるものではない、眼で盗んで覚えろ・・・
 と三代目の教え。そして、三代目の仕事ぶりをみながら覚えていった。
 公共の仕事も増えて行った時代、資格のあることが優先し多くの公共工事をこなし
 実力をつけていった。
 個人のお得意先、新規のお客様、官公庁の工事と次々に仕事を増やし、三代目の
もとで二十年。有力な片腕となり、福岡造園を築いてきた。

平成二十七年二月に 株式会社福岡造園 代表取締役社長 に就任する。
 偉大な親方三代目に負けじと日々、努力し、修業する、初心忘れべからずして
福岡造園をより飛躍し、精進していく決意である。